「いったいいつまでこの哀しみは続くのだろうか」
「どうすればこの苦しみから抜け出せるのだろうか」
「ただただこの辛い状態が早く終わってほしい」
誰しもがこのように考えます。残念ながら簡単には終わりません。とても長く苦しい時間が存在するのです。
しかし、実は「トランジション」という概念を理解することによってその苦しく辛く哀しい時間にも意味があるのだということが理解できます。
人間はそんなに簡単に割り切れる心は持っていない
トランジションを理解する前に、そもそもの人間の心の前提として、物事をそんなに簡単に割り切れることは少ないということを理解しましょう。
どんなに合理的に、効率的に(特に仕事では)判断をしようとしても、私たちが人間という動物である以上、ロボットやAI のように決断することはできません。私たち人間にとって、決断すること、選択することはとてもエネルギーを消費するものなのです。
つまり、「何かが終わる→新しい何かが始まる」と思い込んでいる人が多いということです。
喪失の一種の例として、「学校を卒業する」という行為を考えた場合、確かに事象としては卒業してからすぐに入学、入社という流れになりますが、実は心にはその間もあるのだということです。
それは、新しい学校、新しい会社で働きながらも、どこかで1か月前までの環境や状況を失ったことを哀しんでいる、懐かしんでいるという感覚です。
「何かが終わる時期」「混乱や苦悩の時期」「新しい始まりの時期」という3つの時期があるということです。
これこそがまさにトランジションなのです。このトランジションを意識することで、気持ちが楽になることがあります。今の混乱の最中にいる自分をそのまま認めることができるのです。
トランジションとは何か
さて、このトランジションですが、以下の著書が大変有名で参考になります。
※参考書籍にも追加しております。
「この本の主題は、古い状況から抜け出し、過渡期のどっちつかずの混乱を経験し、それから新しい状況に向かってふたたび前進し始めるというとても困難なプロセスである。」
この概念を理解しておくと、今の自分の状態がどこにあるのかを理解しやすくなります。そしてこれは、死別だけが該当するわけではなく、誰の人生においてもトランジションの時期があります。
トランジションの詳細は著書を読んでいただければと思います(非常にお薦めです)。
トランジションの3つの局面
前述のとおり、トランジションには以下の 3つの局面があります。
- 第一段階:何かが終わる
- 第二段階:ニュートラル・ゾーン
- 第三段階:何かが始まる
それぞれ解説します。
第一段階:何かが終わる
「終わり」があるから「始まり」があるわけですが、伴侶との死別は、まさに「終わり」を象徴するものでもあります。それはとても哀しいことですが、まさに別れと呼ぶにふさわしい出来事です。
※相手との関係性が終わりという意味ではありません。
トランジションの著者であるウィリアム・ブリッジズは、この第一段階について四つの側面があると言っています。
1-1:離脱
「離婚、近親者の死、転職、転居、病気、その他多くの小さな出来事が、それまで自分を位置づけてきたなじみ深い文脈から、われわれを離脱させる。」
まさにここに記載されている通りではあるのですが、終わるということは、その終わりの対象との関係性ごと失う事です。愛する人を失うことは、愛する人だけでなく、実はそこに深く紐づいていた「自分自身」をも失っているということです。
1-2:アイデンティティの喪失
喪失には様々な種類がありますが、このアイデンティティの喪失も大きなものだと言えます。これは例えば「○○さんの奥さん」だったり「○○家の夫」といったものが特徴的でしょう。
職業で言うなら「消防士」「看護士」や「○○会社の部長」といったものもアイデンティティを構成している要素です。
こういった役割を失う事は大変重要な出来事です。
1-3:覚醒
これは「想定の世界」と近しい部分があります。「こうなるのが当たり前だ」と思い込んでいたことが、そうならないとき、私たちは大きなショックを受けます。
そして気づくのです。いつもの現実はもうやってこないことに。覚醒できる人は、新たな環境を受け入れるための準備を始めるようになります。
一方で(著書の言葉を借りれば)幻滅をする人の場合には、
とはいえ、これらを受容するのは大変に難しく、中には拒否をする人もいます。その場合は永遠に、同じ物の見方をし続けることになります。
1-4:方向感覚の喪失
これは文字通り、混乱して自分の位置も分からなくなる状態です。いったいこの先自分の人生はどうなってしまうのだろうという恐怖や不安に苛まれることになります。
何もなくなってしまった、すべてを失ったという感覚を持ちながら、過ごさなければならないのは大変なことなのですが、グリーフにはこういうシーンは頻繁に出現します。
第二段階:ニュートラル・ゾーン
第一段階が終わると、第二段階のニュートラル・ゾーンに入りますが、ここがいわゆる空白の期間、混乱の期間です。そして実はこの期間にこそ自己変容や、著者の言葉を借りれば「実は重要な内的作業をしている」ということになります。
ニュートラル・ゾーンは日々の生活における一連の活動からのモラトリアム(猶予期間)である
まさにこの苦しい期間があるからこそ、次へのステップが踏めるということも言えます。グリーフプロセスではまさにこのニュートラル・ゾーンが長く大きいと言えます。
ニュートラル・ゾーンは、死別体験に限らず人生において誰しも経験することだからこそ、その意味を納得する形で捉えることが大切ですが、そのヒントもこの本の中からご紹介します。
- 一人になれる特定の時間と場所を確保する
- ニュートラル・ゾーン体験の記録を付ける
- 自叙伝を書くために、ひと休みする
- この機会に、本当にしたいことを見出す
- もし今死んだら、心残りは何かを考える
- 数日間、あなたなりの通過儀礼を体験する
なお、日記をつけましょうというご提案や、言語化しましょうというご提案をしているのは、ニュートラル・ゾーンを進む中での道しるべでもあり、また振り返りにも役立つためです。
第三段階:何かが始まる
最後の局面は、「始まり」に関するものです。これも著書に記載がありますが、ここからがスタートという明確なサインがあるというよりは、「それとなくあまり印象に残らない形で生じるものである」ことの方が多いようです。
例えば、「ああ、今日は何となく心が軽い。いつもならできない遺品整理も、今日はできるかも」と思ったり、実際に手を付けてみたり、小さな変化が起きることです。
違和感というべきか、何かしら小さなサインがあり、誰かに強制されたり外側から圧力をかけられたりというものではありません。
グリーフプロセスはトランジションである
このように、トランジションという概念からグリーフを覗いてみると、ニュートラル・ゾーンこそがグリーフプロセスを象徴しているように見えます。
「大切な人が亡くなった→それにすぐに慣れて新しい生活をしなければならない」という先入観を持っていると、大変苦しい時間を過ごすことになりますが、そうではなく、その間にこそ、遺された私たちにとって非常に重要な、大切な人との関係を紡ぎ直し、新しい世界への適応をするという内的作業が存在しているのです。
この理解をするだけで、「今はまだまだトランジションなんだ」と自分を赦す事ができるのです。
最後のこの一文をご紹介しましょう。
ニュートラル・ゾーンは、我々が求めている自己再生の唯一の源泉なのである。