グリーフの知識

執着とは

私たちには、愛する人を失ってから様々な感情が去来します。罪悪感、後悔などを筆頭に哀しみ、怒りといった感情が沸き起こるのを止めることはできません。

その中で「執着心」もかなり厄介な感情でしょう。「いつまでも執着するな」と言われても、心がそれを拒否してしまうのですからどうしようもありません。執着心についてどう考え、どう対処すべきでしょうか。

執着とは

執着するというのは、いったいどういう行為なのかをしっかり定義しておく必要があります。少なくとも良いイメージはありません。

執着とは、物事、また人へ自分の心が囚われてしまい、自分自身が離れられない気持ちや状態のことです。依存や固執なども近いです。

この心理状態は相当に厳しく、「ねばならない思考」にも近いものがあります。

愛する人を失った時、この「執着」に囚われてしまうことがあります。そして自分自身、それに気づかずに過ごしてしまうこともありますので注意が必要です。

では「愛する気持ちはそのままに、できれば執着心は持ちたくない、健全な精神を取り戻したい」と考えるとき、いったいどうすればいいのでしょうか。

それは執着なのか、愛なのか

執着心を手放すために、執着とは何かを理解する必要がありますが、その先は何があるのかも知っておく必要があります。私たちが大切な人へ持つ最大の感情は「愛」でしょう。

愛は、執着とは違い、「たとえ大切な人と離れている状態でも信頼し合える関係」です。確かにこれは死別体験者には酷な話なのですが、死別後も心のつながりを感じられるようになることは、グリーフプロセスの中で、1つの目的地になるものでしょう。

今自分自身の感じている感情が、執着なのか、それとも愛なのかをできるだけ理解できるようになりたいものです。

ジョン・ボウルビィの「アタッチメント理論」

この執着心を理解する上で外せないのが、ジョン・ボウルビィの「アタッチメント理論」です。「愛着理論」とも呼びますが、元々は母子関係の理論であり、グリーフにおいても応用されています。

元々の理論等は以下をご覧ください。

Wikipedia 等で検索しても紹介されています。

https://ja.wikipedia.org/wiki/愛着理論

子どもは愛着対象者を「安全基地」と捉え、そこから出発、そしてそこに戻るという「探索行動」を繰り返します。実は同様に、大人に関しても、「死別した愛する人とその関係性をもう一度結びなおす」ことが、探索行動となりグリーフワークに適応する手段であると言えます。

「アタッチメント・ボンド(絆)」を回復するというのは、簡単に言えば、遺族と亡くなった方との関係性を再構築することです。心がつながる、つながっているという感覚を取り戻すことなのです。

※これらは医療や心理学に基づいた記述ではありませんので、正式に理論学習をお望みの方は別途正式な教育機関や医療機関等にお問い合わせください。

自分の気持ちを知る

執着と愛の違いは概念的に理解しても、具体的な日々の行動につなげるために気を付けたいいくつかのポイントがあります。

ベクトルがどちらに向いているのか

執着心の場合には、「自分」が主語になりやすく、愛の場合は、大切な人が主語になりやすいでしょう。

例えば、愛する人の死別によって私たちは哀しみますが、それは「自分が哀しい」のであって、亡くなった方はもしかしたら「人生を全うした」と思っているかもしれません。愛する人が本当に何を望んでいるかは本人以外には分からないのです。

もちろん別れは辛く哀しいものですが、愛はそれすら赦すこと、手放すことだと教えています。

もし自分が逆の立場なら

結婚して夫婦生活を送ってきた二人でも、相手の考えていることは100%分からないでしょう。それは生前でも死別しても同じです。しかしそれでも私たちは「伴侶のことを一番理解しているのは自分自身だ」、「だから相手はきっとこう思う」と考えます。

これは視点の移動であり自分が逆の立場なら、自分が相手の立場ならと想像することによって答えを得ることができます。

「あの人、いつもご飯を食べるときに、どんな料理でも飲み物は必ず緑茶って決まってるのよね。それが一番合ってるんですって」

そんなことを考えるとき、相手が主語になっていることがわかるはずです。相手がどうなのか、相手はどう感じているのか、相手は何を思っているのかをしっかり想像することによって、複眼的に哀しみを捉えることができます。

執着からスタートしても、愛をベースに物事を見ることができるようになります。

赦すことを学ぶ(誰を?どうやって?)

執着心が強くなりすぎると、自分のことばかりになってしまい、非常にエゴイスティックになります。「自分が哀しい」「自分が苦しい」ばかりになってしまい、亡くなった方の視点が薄まってしまうのです。

他人に決めつけられるのを嫌っていた私たちが、いつしか「あの人はこうだったに違いない」と決めつけてしまうのです。

それはグリーフプロセスにおいて、こじれてしまう原因にもなりかねません。こうならないようにするには、「赦す」ことが非常に大切なポイントになります。

そのためにはいったいどうやって赦せばいいのか、それ以前に、いったい誰を赦せばいいのかを考える必要があります。

「愛とは赦すこと」については以下のページをご覧ください。

赦すのは自分自身、自分自身が納得できる物語を語ることが大切になってきます。簡単なことではないですがそれは当然の話で、なぜならこれ自体がグリーフワークにおける根幹の部分だからです。

まっすぐに、愛する人を想う

「愛する人を想い続ける」というのは尊い行為です。それは執着ではなく、「ただただ愛する人の幸せを願い、祈る」ことこそ、愛を届ける方法です。そしてそれ自体がこれから人生の間にずっと続くグリーフワークそのものだともいえます。

執着ではなく、愛する人のための愛を目指すことが、やがて自分自身の赦し(愛)につながるのです。

 

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dan325

10年ほど前に妻を癌で亡くしました。若年死別経験者。愛する人や大切な人の喪失や死別による悲嘆(グリーフ)について自分の考えを書いています。今まさに深い哀しみの中にいる方にとって少しでも役に立てれば嬉しいです。

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